園長月のお便り
  • Hydrangeas
    イエス様のみ心                園長  湯本 美奈子

    すがすがしく気持ちの良い気候から、急に暑くなったり
    じめじめとした梅雨の季節へと向かってゆきます。
    入園から2ヶ月、疲れも出てきて調子が出なかったり、登園を渋りがちな時期ですが、
    休息を充分にとりながら様子を見ていってください。
     さて、5月は『聖母月』として私たちのお母さんであるマリア様を敬愛し、
    共に神様に祈っていただく月としてご紹介しましたが、
    6月は『聖心(みこころ)の月』として、神様がどれほど私たちを愛してくださっているかを
    再確認し、御旨(みむね)に倣う月として奨励しています。
     下にマタイ福音書の『人のあやまちをゆるせ』の箇所を載せました。
    1デナリというのは当時の1日分の賃金で、6,000デナリが1タラント。
    一日の賃金が6,000円だとすると、主人が免じてやった1万タラントというのは
    3,600億円!(実際一生かけても返せないほどの額ということですね。)
    しもべが許さなかった同僚の負債は100デナリですから、比べようもありません。
    感謝も思いやりもないしもべを、主人が怒って拷問係に引き渡したのは無理もないというか、
    当然というか同情の余地もありません。けれども、そう思っている私は、
    実際同情の余地もないしもべと同じだということを、つい忘れてしまいがちです。
    ヨハネ福音書には、姦通の現場で捕まった女の罪について書かれています。
    ファリサイ派の人々がイエスを試みて「モーセは律法で(姦通の罪を犯した)
    このような女は石を投げて殺せと命じています。あなたはどう考えますか?」
    と聞きます。するとイエス様は「あなた方のうち、罪のない者が、
    まずこの女に石を投げなさい。」と言われます。
    これを聞いた年長者から一人去り二人去り、遂には誰もいなくなります。
    そしてイエス様は「私もあなたを罪に定めない。これからはもう罪を犯してはならない。」
    と言われるのです。
    私は姦通の罪も犯さず、借金の取り立てもしていませんが、罪がないわけではありません。
    嘘もつくし、ねたんだり腹を立てたり怠けたり…内緒で自分だけ美味しいものも食べるし、
    大きい方や良いものを先に取ったり・・・まぁ、小さい人間なんですよ。(泣)
    裁判沙汰になるような罪は犯さなくても、罪の意識もない私の、
    ちょっとした言動で傷ついた人もいると思います。
    傷つき方も感じ方も人それぞれですから、傷ついた人にとって私の罪は大罪です。
    けれども自分の罪を認め、罰を受ける事を覚悟し、心砕かれた者を7の70倍までも
    (何度でも)赦される方がイエス様です。
    子ども達といっしょに祈る裏ページ『主の祈り』の
    「私たちの罪をおゆるしください。私たちも人をゆるします」
    の箇所をかみしめながら、気付かないうちに罪を犯している自分を反省し、
    謙遜さと思い遣りを忘れないで過ごしたいものです。

    人の過ちを許せ  マタイによる福音18章21節まで
    その時、ペトロはイエスに近寄って、「主よ、兄弟が私に対して罪を犯したならば、何回までゆるしたらよいのでしょうか。7回までですか?」と尋ねた。イエスは答えられた。「私はあなたに言う。7回どころか7の70倍までもと。それで、天の国は次のようにたとえられる。一人の王がしもべたちと貸借の決済をつけようとした。決算が始まると、1万タラントの負債がある者が王の前に連れ出された。しかし、返すことができなかったので、主人は、その人自身と、その妻、子、および持ち物全部を売って負債を返すように命じた。このしもべはひれ伏して、『どうぞ、もうしばらくお待ちください。きっと全部お返しします』と哀願した。そこで、主人は哀れに思って、彼をゆるし、借金を免じてやった。ところがこのしもべは外に出ると、自分に百デナリの負債のある一人の同僚に出会った。彼はその同僚ののど元を締め付け、『借金を返せ』と言った。この同僚はひれ伏して、『もうしばらく待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし彼は承知せず、かえってその同僚を引っ張っていき、負債を返すまでといって牢屋に入れた。この一部始終を見ていた同僚たちはひどく心を痛め、主人の前に出てすべてを告げた。そこで、主人は彼を呼びつけ、『ふとどきなしもべだ。私はおまえが頼んだとき、負債を免じてやった。私がお前をあわれんだように、おまえもあの仲間をあわれむべきではなかったか』と言い、怒って、彼が負債を全部返すまでといって、拷問係に引き渡した。私の天の父も、もしあなたたち一人ひとりが、自分の兄弟を心からゆるさないならば、あなたたちに同じようにするであろう」。

  • 菜の花と鯉のぼり 
    マリア様のこころ             
    園長  湯本 美奈子

     入園式から1ヶ月が経とうとしています。
    今年からすぐに平常保育となりましたので、かえって進級児はゆったりと
    いつものリズムで過ごすことができ、お花見散歩や園庭での自由遊びを満喫することができました。
    家庭訪問や懇談会もお忙しい中、時間を割いていただきましてありがとうございました。

     さて、カトリック教会では5月を『聖母月』として、イエス様の母であるマリア様に倣い
    尊敬と思慕の念とともに、神様に取次ぎを願いながら祈ります。
    5月はちょうど『母の日』もあり、いくつになってもお母さんは大好きで懐かしく、
    心から感謝したい気持ちになりますね。
     マリア様はイエス様のお母さんであって、もちろん神ではありませんが、
    イエス様が初めて奇跡を行ったのはお母さんに頼まれたからでした。
    一番下に、ヨハネ福音書の2章~〝カナでの婚礼″の箇所を載せました。
    その頃の結婚式というのは、大家族制度の中で何日も祝宴が続いたそうです。
    ですからそこでの飲食の量も半端ではなかったはず。
    きっと沢山用意して、もてなしたのでしょう。
    ところがメインのブドウ酒がなくなりかけます。これは大失態です。
    最近では『飲み放題プラン』の結婚式が多いので心配ありませんが(笑)
    当時大人数のブドウ酒を急に集めるなどというのは、至難の業だったに違いありません。
    当然文句が出るであろうし、それこそ末代まで語り継がれるかもしれません。
    マリア様は招かれていた側ではありましたが、様々なことを思い巡らし、
    イエス様に頼むしかないと思われたのだと思います。けれどイエス様は、簡単に断りました。
    にもかかわらずマリア様は、給仕たちに「この人の言う通りにして下さい。」と言いました。
    息子イエスに対する絶対的な信頼です。
    そしてその信頼に、息子イエスが応えます。
    かめに口元まで入れられた水は600ℓ以上、厳密に考えればコップ一杯ずつ飲んでも
    3,000人以上が飲めるほどです。とにかく山ほどの量の上等なブドウ酒に変わりました。
    その上、マリア様もイエス様も「私がやりました!」なんて一言も言いませんし、
    それを見たほんの数人しか水がブドウ酒に変わった奇跡を知りません。
    他の人は信じないでしょう。
    マリア様の願いはわがままではなく、愛そのものによるものでした。
    そして母の願いを聞き入れて下さったこれが、イエス様の行った最初の奇跡です。
    ですから私たちは『アベマリアの祈り』を唱える時、お母さんであるマリア様にも、
    私と一緒に祈って下さい、神様にお願して下さいと思いながら、加護を願うのです。

     さぁ、私たちの親子関係はどうでしょうか?
    幼いほど、子どもは母に絶大な信頼を寄せるものです。
    日々の関わりは、信頼関係を築くに相応しいものでしょうか?
    この子ならきっとこうするに違いないと、我が子を信じて待つことができる親は幸せです。
    自分を心から愛してくれているのはお母さんだと確信できる大人に成長できる子どもは幸せです。
    信頼関係は一朝一夕に築けるものではありません。
    こんな私を母にして下さったことに感謝しながら、
    良い母親に育てて下さいと祈りながら過ごしましょう。

    カナでの婚礼              ヨハネによる福音書2章1節から
    三日目にガリラヤのカナで婚礼があり、イエスの母がそこにいた。イエスも弟子たちもその婚礼に招かれていた。ブドウ酒がなくなりかけたので、母はイエスに「ブドウ酒がありません」と言った。すると、イエスは母に、「婦人よ、このことについて私とあなたとは、考えが違います。私の時はまだ来ていません」とお答えになった。母は給仕たちに、「なんでもこの人の言うとおりにしてください」と言った。さて、そこにはユダヤ人の清めに用いる石の水がめが、六つおいてあった。いずれも80ℓないし120ℓ入りのものである。イエスは給仕たちに「かめに、水をいっぱい入れなさい」と仰せになった。彼らは、水がめをふちまでいっぱいにした。イエスが、「さあ、それを汲んで、世話役のところに持っていきなさい」と言われたので、彼らはそれを持って行った。世話役は、ブドウ酒になったその水を味わってみた。水を汲んだ給仕たちは、事の成り行きを知っていたが、世話役は、それがどこから来たかを知らなかったので、花婿を呼んで言った。「誰でも初めに良いブドウ酒を出して、酔いのまわったころに、質の落ちるものを出すものですが、あなたは良いブドウ酒を今までとっておかれました」。このことを、イエスはしるしの初めとして、ガリラヤのカナで行い、ご自分の栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

  • 愛される子に                園長  湯本 美奈子

    さくらそう さくら2
    ご入園、ご進級おめでとうございます。
    保護者の皆様が今日まで大切に育ててこられたお子さんの、
    幼稚園という社会生活が始まります。
    園生活への期待と不安はいかばかりかとお察し致します。
    どんな小さなことでも『初めて』というのは不安が付きものです。
    けれど全てのことに意味があり、その体験は将来何にも代えがたい貴重な宝となります。
    そして幼いほど、その『初めて』を活かすも殺すも私たち大人にかかっています。
    子どもたちの、純粋でキラキラ光る瞳が、もっともっと美しい輝きを放てるよう、
    保護者の皆様と協力しながら、ご一緒に育てて参りましょう。
     明日から、新入園児さんの“泣き声”が園庭に響くでしょう。
    新学期が始まった!と実感するひと時です。先生も、進級した子どもたちも口々に
    「大丈夫だよ!」「大丈夫、だいじょうぶ!」と、声をかけ、体に触れて寄り添います。
    “大丈夫”という言葉は不思議です。そう言われるだけで、なんだか安心し、
    受け入れられたような気がします。そしてよく見てみると、大丈夫という字には
    『人』という字が全部に入っています。たくさんの人に見守られて、一人ではない
    という気持ちになります。大丈夫…のことばの先には「君ならできるよ!」
    「私がついているよ!」「がんばって!」と続くような気がします。
    そう考えると、元気や勇気をもらえることばですよね。
     マリア幼稚園の教育方針は隣のページにありますように『あ・り・が・と・う』
    を通して感謝の心を育て、互いに愛し合う子どもを育てることです。
    人を愛するにはまず、十分に愛されなくてはなりません。
    親が我が子を愛しているのは当然と思われているでしょうが、
    そのことがちゃんと子どもに伝わっていないことが、往々にしてあります。
    ITや様々な普及により生活環境が変化し、楽で豊かな暮らしが送れるにも関わらず、
    大人も子どもも忙しくなりました。仕事のせいだけではありません。
    例えばスマホやパソコンに向かっているとあっという間に時間が過ぎてしまいますが、
    子どもと関わる時間はあっという間でしょうか?子どもと遊んでいるつもりでも、
    自分は他の事をしながら…の〝ながら遊び″になっていることありませんか?
    子どもの遊びを見守ったり、なりきって遊んだり、子どもの目を見て頷いたり…
    そんな当たり前の時間は今、意識しないと取れなくなってきています。
    5ヶ月になる孫も、一人寝かされて放っておかれると大きな声で呼び、
    そばに行って目を見て笑いかければ、笑い返して体中で嬉しさを表現します。
    子どもが求めている愛に応えるには、手間暇がかかり、ある時は面倒くさく、
    ある時はイライラすることもあります。けれどもその子がその子らしく、
    安心して自分を表現したり、人を信じたり、試練を乗り越えることが
    できる子に育てるには、大変で面倒なことと懸命に関わり、愛に満ちた眼差しと
    言葉をかけることが一番必要です。
    これでもかという位、抱きしめながら意識して関わってください。
    私たちも不安が安心に変わるよう、心して子どもたちと関わります。 
    一年間どうぞ宜しくお願い致します。

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      『神様にありがとう・・・』              園長  湯本 美奈子

     もうひと月も経ってしまいましたが、クリスマス会も無事終えることができました。
    当日は、一人ひとりがその子らしく自分の責任を果たし、頑張る姿は見ている人に
    大きな感動を与えてくれました。 支えていただいた保護者様にも心から御礼申し上げます。
    その後、年末年始は天候も穏やかで安心していましたが、半ばには急な大雪で市内はマヒ状態。
    見えているのに行き着かないという日が続き、当たり前に車が行き来できるということは
    本当に有難いことなんだと痛感しました。自由登園やバスの遅れ等ご理解ご協力ありがとうございました。                

    聖書のルカによる福音書17章11節に『感謝するサマリア人』というみことばがあります。
    イエス様が、10人のらい病患者を癒してくださったのに、お礼にやってきたのは異邦人である
    サマリア人ただ一人だったという話ですが、自分を振り返り耳の痛いことです。
    お願いする時は一生懸命祈り、叶えて下されば何でもやります!くらいの勢いなのに、
    感謝の祈りの軽いこと・・・(悲)。その上結構自分本位に都合よく解釈したり、
    言い訳したり、後回しにしたり。 のど元過ぎれば熱さを忘れる・・・とはこのことです。 

    先日娘が、「毎晩家族で寝る前に、一人ずつよかった探しをしているんだよ。」と言いました。
    お互いの良いところを発表し合って嬉しい気持ちで休むのだとか。
    孫はまだまだ自分の良いところや頑張ったところの発表が多いみたいですが(笑)
    待降節が終わっても続けていることが、私はとても嬉しかったし、
    これこそ神様への感謝なのだと思いました。年長さんもこの間「先生、私○○さんのよかった探しを
    発表したいんだけどいいですか?」と言ってきたそうです。
    感謝するということは、ありがとうを言うことだけではなくて、神様が喜ばれることをすること、
    続けることなのだと思います。 
    始業式の日、子ども達と一つずつ大きくなったこの一年、マリア幼稚園で大切にしていることを
    頑張りましょうと話し、『あ・り・が・と・う』が何かわかるか聞きましたら、皆答えてくれました。
    『ありがとう』の冊子にも毎月ずっと書かれていることですが、そんな生活をすることこそ、
    神様への感謝なのだと思います。 で、今年は特に子どもにではなく自分へ!
     
     あ…どんな人にも(特に苦手な人に)気持ちのいい[あいさつ]をします。
     り…自分さえ良ければ・・・ではなく[りんじん]の為にあえて損をします。
     が…子どもや回りにばかり[がまん]させず、意識して辛抱します。
     と…[ともだち]やいろいろな人の意見や思いを謙虚に聞き、協調します。
     う…[うそ]やごまかし、自分に好都合な判断で正当化しないようにします。

    もっともですがこれってけっこう難しいですよ。そして三日坊主にならいないように
    時々見返して頑張ります。あと少しで今年度も終わってしまいますが、
    私たちに託された子ども達と共に生活できることに感謝し、祈りのうちに成長できる年にしていきましょう。

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    『マルタとマリア』                   園長 湯本 美奈子
    日の暮れるのも早くなり、朝晩の冷え込みも一層強まってきました。
    気が付けば今年もあと少しで終わり。
    そしていよいよクリスマスの季節がやってきました。
     毎年待降節に入ると、子どもたちはイエス様にふさわしいプレゼントをと、
    心と体で一生懸命考えて準備していきます。
    心のプレゼントは、大人が率先して手本を示さなくてはいけないのに
    「偉いね」とか「よく頑張っているね」とか「イエス様も喜んでいらっしゃるよ」
    と、他人事のような言葉をかけていることに気づくことがあります。
    自分はというと、年末が近づくにつれ『忙しい』『間に合わない』『疲れた』
    『ストレスが溜まる』・・・そのうちに『私はこんなにしてやってるのに!』
    と不満が募り、苛立ちを隠せず、情けない自分にガッカリします。
    『ルカによる福音書第10章38節』に〝マルタとマリア″という福音があります。
    読んでみると、自分はどちら側の人間か大体見当がつきます。
    私は完全に〝マルタ″です。
    じっとしていることができないし、考えるより先に体が動いてしまうし、
    良かれと思ってこんなに気を働かせているのに、どうしてあの人(夫?)は
    何もしないんだろう!とイライラすることがよくあります。
    「あ~、またマルタだ」と。でも神様は、マリアのしていることを『善し』
    としてマルタを『否定』しているのではありません。
    本文だけを読めば、マリアの方が〝得だ″マルタは一生懸命やっているのにひどい!
    と思ってしまいます。
    けれども神様は「マルタ、マルタ」と2度名前を呼んで下さっています。
    それほどにマルタに愛情を込めてお話しされました。
    そして「あなたは多くのことに心を配り、思い煩っているが」と言われる、
    まさにそこが大切なところなのです。
    私たちが聖書を読むとき、つい比べてしまったり、自分の価値観で
    判断してしまいがちですが、どちらも自分に当てはまることがあることを
    自覚しなくてはいけません。
    イエス様をもてなすためにマルタのしていることは大切なことです。
    けれどもマリアも心でイエス様をもてなしています。
    それぞれの立場で働いているのですが、マルタは「マリアだけズルい。私ばっかり・・・」
    のような、凡人の私にもよ~く分かる気持ちで悶々としていたのでしょう。
    その時、「私には私にしかできないことがある。それを心を込めて喜んでしよう。」
    というマルタの思いと、マリアにも「お姉さん、ありがとう」の一言があったら、
    マルタは思い煩い、イライラすることはなかったのだと思います。
    認めてもらったり、受け入れたもらったり、感謝されたりすることで、
    いくら体が忙しくても人は充実するものです。
    そしてそのことで自分に自信が持てたり、頑張ろうと意欲が湧いて来たり、
    乗り越える勇気が持てたりするのでしょう。
    大人でも子どもでも同じです。
    自分にできること心を込めてする。
    相手の気持ちに寄り添いながら感謝の気持ちで接する。
    そのことを意識すれば、クリスマスも年末年始も、豊かな気持ちで
    過ごすことができるでしょう。 
    まずは子どもたちにお手本が示せるよう頑張りましょう。

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    三つの“幸せ”                    園長  湯本 美奈子
     
     運動会は雨で翌日に延びたものの、秋晴れの好天に恵まれ、元気いっぱいの嬉しい運動会となりました。
    バザーも盛況のうちに無事終わり、役員さんはじめ保護者の皆様方には、準備から当日まで
    本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 有難うございまいた。
     最近は小春日和が続き、園庭ではボール遊びや縄跳び、砂遊び、花ミズキの種を
    拾う子どもたちの歓声で賑わっています。
    冬が来るまでのひと時、秋の自然に囲まれながら、園外やお庭で、元気に過ごしたいものです。
     さて、先日“音の花束コンサート“が行われ、子どもたちと久々に心洗われるひと時を過ごしました。
    ヴァイオリンやフルートの透き通るような音色を聴くうちに、『なんて幸せなんだろう』と
    思ったとたん、涙があふれてきました。災害や事件、事故が多発する中、健康な体、
    故郷、仕事、家族、友人、子どもたち…沢山の宝物に恵まれ、平和で心穏やかで、
    奇跡のような時間を過ごしていることに、感謝の気持ちでいっぱいになったのです。

     幸せには三つあるといいます。“してもらう幸せ”“できる幸せ”“してあげる幸せ”です。
    誰でも生れた時は自分では何もできずに、全てしてもらいました。
    結構、してもらう時期は長いのですが、感謝して過ごした記憶はあまりありません。
    それから少しずつ自分でできるようになり、嬉しさや達成感はあっても、あまり感謝した
    覚えもありません。してあげる幸せ…に関しては下手をすると、やってあげてるのに・・・
    と『不平不満』『被害妄想』『ストレス』の文字すら浮かんできます。
    なんて情けない人間なんでしょう。ところが最近年をとってきたせいか(悲)
    涙もろくなり、ちょっとしたことに感動し、幸せを感じる瞬間が多くなりました。
    子どもの頃はできて当たり前でしたし、若い頃は子育てで動き回り、仕事が大変でも、
    夜寝て朝起きれば元気になっていました。毎日ボ~っとしている時時間も健康も家族も、
    当たり前のようにありました。
    ところが「どっこいしょ!」と口をついて言葉が出てくる頃からでしょうか?
    子どもも巣立ち、腰が痛い、肩が痛い、最近は血圧まで高くなり、無理が利かなく
    なってきました。そうすると、普通にできることが無性に有り難く思えるのです。
     若い皆さんはしてもらった幸せをその相手に、心で、ことばで感謝しましたか?
    自分でできることを神様に感謝していますか?そして、してあげる相手がいる人は、
    必要とされていることを今感謝しましょう。ちょっと怪我をしたり病人が出たり、
    環境が変わったりすれば、みんな沢山の人と支え合わなければ生きていけない、
    小さな存在なのです。そういう当たり前のことも、少し立ち止まって考えないと、
    ス~っと通り過ぎてしまいます。
     3日には祖父母参観がありますが、祖父母様は子どもたちにとって、まだまだ
    “してもらう幸せ”の対象です。でも私たちにとって両親は、今の幸せをずっと支えてくれた、
    大切でかけがえのない存在です。
    これからは、お元気なうちに“してあげられる幸せ”を噛みしめながら
    ご恩返しをしてください。当日は祖父母様も孫や子どもたちに囲まれて、
    きっと幸せなひと時をお過ごしいただけることでしょう。
    皆様のお越しを心待ちにしております。

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    『エールを送る』                 園長  湯本 美奈子

    朝晩ずいぶん涼しくなりましたが、昼間との温度差についてゆけず、体調を崩したり、
    風邪を引く子が多くなっています。季節の変わり目で喘息も出やすい時期です。
    かかると結構長引きますので、健康管理に注意しましょう。

    さて、運動会の練習も佳境に入ってきました。園内外で、賑やかな声が響き渡っています。
    運動会当日も、ご家族おそろいで楽しみにお越しください。 

     今年の運動会のテーマは
    『できる できる 君ならできる!』 ―みんなの笑顔は金メダル―です。
    今年はリオでオリンピックがあり、日本は史上最高のメダル獲得数となったようですが、
    ずっと頑張ってきた晴れ舞台での真剣な表情や、仲間と抱き合って嬉しさを分かち合う姿、
    うまくいかなくて悔し涙を流す姿にも、感動と勇気と元気をもらいました。
    オリンピックは世界中が同じ気持ちになれる素晴らしい大会だと思います。
    みんなは一人のために、一人はみんなのために・・・という思いで、幼稚園の運動会も
    一緒に盛り上げていきましょう。

     さて、よくこれから何かに向かう人に〝エールを送ろう!″と言いますが、
    その意味を調べてみると、色々な表現があって驚きました。 
    応援する ・ 声援を送る
    勇気づける ・ 鼓舞する
    元気づける ・ 景気づける
    盛り上げる ・ 勢いづける
    背中を押す ・ 支援する
    奮い立たせる ・ 激励する・・・まだまだあります。日本語って難しいですよね~(泣)
     最近は温暖化の影響もあってか、春の運動会も多くなってきましたが、
    園児たちにとっては基本的生活習慣が身につき、友だちと関わることの楽しさがわかってきた、
    秋の運動会がベストだと思っています。
    年少さんにとっては初めての『試練』かも知れません。
    暑い、疲れる、難しい、好きなことをして遊びたい、面倒くさい・・・
    だから運動会の練習は嫌い!と、登園を渋っていた子どもたちも、当日が近づくうちに
    『もう一度やりたい、上手になりたい、勝つまでやりたい』という思いに変わってくるから
    不思議です。先生たちが励まし、認め、思いきり褒め、時には叱り・・・(笑)
    まさに「できる できる・・・○○さんなら絶対できる!」と様々な〝エール″を送りながら、
    練習を積み重ねてきた結果だと思います。
    頑張っている子どもたちを見ていると、オリンピックに負けないくらいの
    勇気や元気や感動をもらいます。応援しながら最近はすぐに涙が出てしまうのですが、
    その姿を見た子どもたちの顔つきはガラッと変わります。
    それほど周りの大人から送られる〝エール″の力は大きいのです。
    大人でも子どもでも、応援してもらったり、認めてもらったり、
    できなかったことができるようになることは、いくつになっても嬉しいものです。

     運動会は、子どもたち一人ひとりが輝き、成長する場です。
    そしてその大切な瞬間に立ち会えることは、何と幸せなことでしょう。
    思いきり声を出して、表情で、拍手で「できる できる 君ならできる!」とエールを送り、
    こどもたち全員に金メダルを贈りましょう。

  • Jellyfish
    『3つのおやくそく』              園長  湯本 美奈子
    長い夏休みが終わりました。
    年ごとに暑い夏になっているような気がしますが、今年も猛暑でしたね。
    バカンスの季節ですから、海や川、山などへ行かれた方も多かったのではないでしょうか?
    事故もなく、みんな無事に過ごせたことを心から感謝します。
    これから長い2学期が始まりますが、行事の多い時期になります。
    健康で、有意義に過ごせますようご協力をお願い致します。
     私事ですが今年は母の三回忌でした。特にお盆はみんなが集まって祈り、
    在りし日の母を思い出しながら懐かしくありがたい思いで過ごすことができました。
    生前の母の姿を思うと、同い年の天皇陛下が生前退位の意向を示されるのも
    もっともだと思います。今の日本が平和でいられるのは、大勢の方々の
    ご苦労と犠牲の上に成り立っていることを忘れてはなりませんし、
    長きに渡り本当にご苦労様でしたと言わざるを得ません。
    戦後71年が経ち、安心安全な生活が当たり前になっている日本ですが、
    楽になったはずなのに、みんなすごく忙しくなって、時間もゆとりも
    なくなったような気がします。特に認定こども園になってからは、
    親御さんには働き易い環境が整いましたが、その分、園の生活も変わりました。
    子どものストレスも増えました。指しゃぶりのお子さんがとても増えましたし、
    精神的に不安定なお子さんも増えました。裏表紙を見ても分かるように、
    共働きであっても子育てや家事の大部分は母親が担っているのが現状です。
     結局働くお母さんは人の何倍も忙しく、ストレスも抱えることになるのです。
    お父さんやおじいちゃんおばあちゃんも、しっかり支えてあげてくださいね。
    現実的にゆったりのんびりしようにもできない状態である以上、
    その中でも子どもたちが安心して、安定できるために・・・。

    二学期の初め、家族で意識してみて下さい。3つのおやくそく・・・

    1.朝ごはんを一緒に食べる。(そのためには早寝早起き!)
    2.夜の約束をする。(絵本を読む・お風呂に入る・食事をする・一緒に寝る等)
    3.朝、『行ってきます』の前に、必ず子どもを抱きしめる。

    この3つの約束をご両親でしてみてください。朝の忙しい時間ではありますが、
    子どもは別れ際に、いかにちゃんと関わってもらえたかで
    一日の機嫌が決まるといっても過言ではありません。
     夏休みは唯一お盆もあってお休みが取りやすい時期でしたから、
    きっと子どもたちと大いに関わっていただく時間が取れたことと思いますが、
    その反動で休み明けは〝幼稚園行きたくない病″が始まるかもしれません。 
    長いお休みの後は大人でも仕事に行くのは嫌なものです。二学期の初めは特に、

    『子どもの目を見て微笑んで、ちゃんと守れる約束して抱きしめる』

    魔法のお約束で、親子共々頑張って残暑を乗り切りましょう。

  • Penguins
     いよいよ子どもたちの大好きな『夏』がやってきます。
    夏休みになったら・・・と、今から楽しみにしている子どもも多いようです。
    この季節は身も心も開放的になりますが、事故や怪我のないよう、有意義な思い出深い夏を
    過ごしたいものです。

     さて先日楽しみにしていたドラマの最終回が終わり、その中で『バーチャルウォーター』
    という言葉を耳にしました。
    バーチャルウォーターというのは直接飲む『水』のことではなく〝仮想水″といって、
    食べ物ができるまでにどれだけの水を必要とするかを推定したものです。
    日本は豊かな森に囲まれ、豊富な水資源があって、十分な水が自給できている
    と思っていたので、詳しく調べてみて驚きました。

    例えばレストランで『ハンバーグセット』を食べ、食後に『コーヒー1杯』を飲んだとします。
    牛や豚を飼育するのに必要な牧草を育てるための水、米を作るために必要な水、
    バター、香辛料、添え物野菜やコーヒー豆を育てるために必要な水、それらをすべて計算すると
    2,500ℓの水が必要になるそうで、それが『バーチャルウォーター』です。

    (環境省のホームページに『仮想水計算機』や『web漫画』が載っていますので、
    色々やってみると勉強になりますよ。)

     日本は食料自給率が35~40%程度で、あとは全て輸入に頼っています。
    飲み水や台所、お風呂や洗濯など、人が暮らしていくためには、
    最低1日100ℓの水が必要ですが、日本人は今、その2〜3倍も使っているそうです。
    実際に目に見える水は、大切に使おうとか無駄にしないようにしようという感覚がありますが、
    輸入食料に必要な、バーチャルウォーターのことなど考えたことがありませんでした。
     
     ハンバーグセットとコーヒーを飲んだだけで、約ひと月分の生活用水を
    使ってしまっているのですから、すごいことです。
    その上、南アフリカやナイジェリアなどの砂漠地帯からもバーチャルウォーターとして
    輸入しているそうです。飲み水でさえ枯渇している国から・・・。
    だから牛肉も豚肉も食べないとか、コーヒーを飲まないようにしようとか
    そういうことを言いたいのではなく、ドラマでは「見えない水を想像した方が、
    きっと世界は広がる」と言っていました。
    知らなかったことを知ることで、考えたり、想像したり、調べたりする自分がいて、
    それだけでも世界が広がりました。
    隣人の日に、食べ物のない国の友だちを思い、祈りながらおにぎりを食べていますが、
    本当は私たちこそ、食べ物のない国の人々に助けられているのかも知れません。
    豊かな生活は当たり前ではないこと、私たちの食べ物は、世界と密接に
    繋がっていることも実感することができました。

    親子で外食に行った時にでも、この食べ物はどこから来たのかな?
    どんな人が作ったのかな?どんなふうに運ばれて、どれだけの人が関わっているのかな?
    と想像したり、考えてみるといいかも知れません。
    どんな思いが湧いてくるでしょう?  子どもと、どんなお話ができるでしょう?

    それだけでも世界が広がります。

  • 神の愛と自然体験                            園長  湯本 美奈子

     10年ぶりのバス遠足は好天に恵まれ、久しぶりに自然の中で楽しいひと時を過ごすことができました。
    大勢の皆様にご参加いただき、ありがとうございました。
     
     さて、これからは豊かな恵みの雨によって自然の営みが活発になる6月を迎えます。
    特にこの月は『聖心(みこころ)の月』といって、イエス様の愛と慈しみの心に倣い、
    実践していく月でもあります。前園長の秋元神父様は、自然を創造された神の愛に気づくために
    園外保育を始めました。十三崖の洞窟探検や、河原でのなめこ汁、鴨ヶ岳の崖登り、
    上林スキー場へソリ滑りにも出かけました。夜間瀬スキー場へ公共バスを使って行き、
    山の上に到着した途端、地バチの巣を踏んで大騒ぎになったこともあります。
     園内の環境とは異なり、自然に触れるだけで子どもたちは様々な発見や感動をもらい、
    心身ともに力をつけていきます。
    よく行く北竜湖では、子どもたちは湖に『竜』が住んでいると思っているらしく、
    湖が波打ったりすると「ほらあそこにきっと竜が顔を出すんだ!」「きゃ~!」なんて大はしゃぎ。
    「湖の色は水色じゃないね。」「山の木の色が映っているから緑なんだね。」・・・などと、
    子どもたちは豊かな想像力で、匂い、色、触感、形、音などから敏感に感じ取り、楽しんでしまいます。

     園外保育のよさは、本物の体験を通して感性を育てること。それは言うまでもありませんが、
    嫌なこと、面倒くさいこと、汚いこと、苦しいことを克服(大げさ?)することによって、
    達成感を味わえることでもあります。
    今や家庭でもひねる水道の蛇口が消えつつあり、蛇口の下でただ手をかざして水が出るのを待つ子、
    手ですくって水が飲めない子、トイレのないところで用を足せない子、
    虫がシートに這ってくるだけでパニックになる、山や崖を登る時何かにつかまる事ができない、
    坂道で重心が取れない、よく転ぶ、転んだ時にすぐ手が着けない、すぐに疲れたと言う・・・
    文化的な生活がそうさせたのかもしれませんが、全て経験不足からくるものです。
    大人も子どもも、辛い思いや我慢する機会がめっきり減りました。
    Hydrangeas
     
     山登りの経験のある人は、登頂の感激の前には辛い道のりがあることを知っていますね。
    ロープウェイで簡単に登った山はすぐに忘れても、苦労して自分の足で登った山を忘れる人はいないでしょう。
    私は、主人と結婚前に何も聞かされずに登った『死ぬ思いの戸隠の蟻の塔渡り』を一生忘れません。
    知っていれば登らなかったでしょう。(笑)けれど何にも変えがたい素晴らしい経験でした。
    でもそれは登った人にしかわかりません。
     以前年長さんと鴨が岳に登っている途中、女の子が「先生、何で私たち、
    こんな思いしなくちゃならないの!」と抗議しました。頑張れ頑張れと言いながらお尻を押し、
    やっとの思いで頂上まで登った時、眼下に中野市が開けマリア幼稚園の屋根も見えました。
    その時その子が「先生私、今まで生きてて良かった~!」と言ったのです。
    みんな大笑いです。大げさかもしれませんが肥満気味の彼女にとったら、
    難なく登れた他の子より、ずっとその景色には価値があったのだと思います。
     
    苦労が多いほど感動も大きいものです。

     暑かったり、苦しかったりすることも、友だちや先生と一緒に経験したことは、
    大人になっても忘れられない、幼稚園での大切な思い出になります。

     そして神様が創ってくださった自然と共存し、大切にすることは、
    私たち一人ひとりを大切にする生き方にも通じていくのです。

  
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