園長月のお便り
  • うれしい贈り物                 園長 湯本 美奈子

     あっという間にカレンダーも残すところ1枚になってしまいました。早いものです。
    寒くなってきますので体調管理に心掛けていただき、家族みんなで、
    イエス様に喜んでいただけるような、心のクリスマスプレゼントを準備しながら過ごしましょう。
     
     さて、クリスマスを考えたとき、何故神様の子どもが『人』となって
    生まれてきたのだろう…?という素朴な疑問を感じる方はいらっしゃらないでしょうか?
    簡単には説明できませんし単純に納得できるものではありませんが、
    そんな問いかけに答えてくれる、とてもわかりやすく書かれている絵本に出会いました。
     
     あるところに、クリスマスを見せかけのギマンだと思っている人がいました。
    彼は家族に優しく、人に対しては誠実な人でしたが、
    『神が人間として生まれたことを喜び祝う』クリスマスの意味を一切信じられませんでした。
    「私は、偽善は嫌いだからね。なぜ神が人間になったのか、私には理解できない。
    馬鹿げているとしか思えない。」クリスマスイブに妻と子どもたちは教会に出かけましたが、
    彼は家で留守番をしていました。 
    間もなく雪が降り始め、彼は暖炉に座って新聞を読み始めました。
    すると、『ドスン!!』と大きな音が何度もしたので驚いて外に出てみると、
    鳥の一群が吹雪の中を必死に避難場所を探して、暖かそうに見える家の窓に
    ぶつかってきていたのです。鳥たちは窓の下で身を寄せ合い、うずくまっていました。
    「かわいそうに。ここで凍え死にするのを黙ってみていられないな。」
    彼は、子どもたちが馬を飼っている納屋を思い出ました。
    『あそこなら鳥たちの暖かい避難場所になる!。』彼はコートを羽織り、
    雪靴を履くと、降り積もった雪をかき分けて納屋に向かい、戸を大きく開けて
    中の電気を点けました。しかし鳥たちは入って来ません。
    「えさで誘い込めるかな?」彼は家に戻ってパンをとると、納屋の入り口に向かって
    雪の上にパンくずを撒きました。しかし鳥たちはパンくずが餌だと知るよしもなく、
    雪の中をむなしく飛び回っているばかりです。彼は力いっぱい腕を振り、
    納屋に向かって追い立てようとしましたが、近づいて来るどころか
    暖かく明かりの灯った納屋には目もくれず、ちりぢりに逃げて行ってしまいました。
    「あぁ、鳥たちの目には私は見慣れない恐ろしい生き物に映っているのだろう。
    どうしたら信用してわかってもらえたのだろう。何とか助けたかった・・・。
    ちょっとでも私が鳥になれれば、鳥たちを安全な場所に誘導できたのに・・・」
    そう思ったその時です。あちこちの教会の鐘が鳴り出しました。
    彼は無言で立ち尽くし、クリスマスの喜びを告げる鐘の音に聞き入りました。
    そして雪の中にひざを落とし、そっとつぶやいたのです。
    「今ようやくわかりました。神様、あなたが何故人間になられたのかが・・・」   
    神様の思いが分かった時、本当のクリスマスの喜びと贈り物の価値がわかります。
    人間の姿になってまでも、私たちを幸福へと導いて下さろうとした神様によって
    生かされていること、家があり、家族があり、健康で安心してすごせる場所が
    与えられていること・・・等など。神様に数え切れないほどの
    贈り物をいただいていることに感謝してクリスマスを祝い、
    来年も又神様に導かれながら生活できる一年にしてゆきましょう。

  • もみじ
    〝実らせる“ための時間                  園長  湯本 美奈子
     
    昨年に続き、運動会は雨で翌日に延びたものの、ちょうど良い日和の中
    元気いっぱいの運動会となりました。
    私事で16日からお休みをいただき、バザーも園長不在で申し訳ありませんでした。
    職員から盛況のうちに無事終わったことを聞き、役員さんはじめ保護者の皆様方には、
    感謝の気持ちでいっぱいです。 お疲れ様でした。 本当に有難うございまいた。
     お陰様で18日に無事手術が終わり、現在はリハビリに励んでいます。
    子どもたちが毎日御聖堂で祈ってくれていること、年中さんが園外保育で私の入院している
    病院のそばを通った時、みんなで園バスから「園長先生~頑張ってね~!」と
    声を張り上げてくれたことなど、嬉しく有難い気持ちでいっぱいです。
    台風の爪痕も大きく、最近も良いお天気に恵まれませんが、短い秋のひと時、
    自然を感じながら、園外やお庭で、元気に過ごして欲しいと願っています。

    11年前に自骨で手術をしたときは、1か月間ベッド上で身動きすることもできませんでしたが、
    人工股関節となると術後3日で車椅子に乗ってトイレに行くこともでき、
    一週間もしないうちに歩行器を使って歩くこともできるようになりました。
    私の性格上じっとしていることができないので、動けるのが嬉しくてお天気の良い朝、
    洗濯をしてベランダに干しました。充実感でベッドに戻り、友人にもらった本の
    その日の箇所を読むと『私はあなたを造る時に、休息の必要を組み込んだ。
    常に動き回っていることで、どれだけ多くの時間とエネルギーが無駄に使われたことか…(続)』
    と書いてあり、思わず声を出してしまいました。「神様見てたの?」と。(笑)
    ところが順調に進んでいたはずが、その日の夜トイレに行くために歩こうとした途端、
    激痛が!…歩けなくなってしまったのです。翌日はちょうどレントゲンを撮る日だったので、
    幸い異常は認められず、しばらくじっとしていることにしました。
    家族に叱られたことは言うまでもありません。(謝)
    何となく何もしていないことが申し訳ないというか、早く良くならなくては・・・
    と思う余り、大事なことを忘れていました。
    窓の外を見ると、リンゴの実がたわわに実っています。
    隣の木にはもう収穫されたのか1個もなっていません。
    農家の方はそれぞれの実に備わった恵みを最大限に引き出すため、じっくりその時を待って
    〝実らせて″下さるのでしょう。本の箇所にはこうもありました。
    『必死に頑張るのはよしなさい。私が設けたこの日を喜び、感謝しなさい。』と。
    先々の計画や決定の事で頭がいっぱいになって自分の思い通りに過ごそうと奔走している時は、
    熟れていないリンゴを収穫しているようなものです。心身ともにストレスを抱え、
    恵みを無駄にして、あとで後悔することになるでしょう。
    今与えられた時間をどう使うのが、後々の実りにつながるのかなんて、
    意識して生活することはないと思います。
    そんなことを考える時間もないほど、日々忙しいのですから。
    でも、頑張りすぎるのがよくないことを身を持って知りました。
    休息することは神様がセットして下さった時間なのです。
    これから年末に向け、もっと慌ただしくなってきますが、親も子どもも、
    意識して休息の時間を取りましょう。もったいないと思う時間は、実を熟す時間で、
    休むことは後々の大きな実りにつながることを信じて自分の身体をいといましょう。
    休んだ後は、思った以上に実りの成果は大きかったですよ。

  • 運動会
    うれしい 楽しい 運動会          園長  湯本 美奈子

    朝、窓を開けるとひんやりとした空気がとても気持ちのよい季節になりました。
    心地よい時期はあっという間に過ぎてしまいます。心も体も、全身で『伸び』をして、
    秋の自然を、そしてこの時期ならではの活動を心ゆくまで楽しみましょう。
    風邪などひかないよう、体調管理もお願い致します。

     いよいよ運動会まであとわずかとなりました。
    今年のテーマは『うれしい 楽しい 運動会』 -心を一つに頑張ろう― です。
    嬉しい楽しいことばかりではありませんが、基本は『楽しい』ことが前提です。
    楽しかったことは自信と意欲につながり、一生の思い出になることもあります。
    その過程で育てたいもの、育つものは沢山ありますが、運動会のために無理やり
    『頑張らせる』ものであってはいけないと思っています。
     今年は7日ですので時間は沢山ありました。
    一つ一つの種目を決めるところから、ねらい、内容・・・先生方とじっくり話し合って進めてきました。
    大人はリズムやパラバルーン、組体操やマスゲームなどの競技にどうしても力が入りがちですが、
    子どもたちにとっては、全ての種目が大事で楽しいものです。
    早い時期から玉入れや綱引きの練習をするうちに『勝ちたい』とか『今度こそ』という気持ちが湧きあがり、
    他の種目まで「がんばれ~!」「先生見てて!」「もう一回!」と頑張る気持ちや、
    あきらめない気持ち、応援する心がどんどん育っていきました。
    でもそんな時ばかりではありません。中だるみや、やる気が出ない時だってあります。
    そんなある時、先生の檄が飛びました。
    「どうしたの?!一生懸命頑張った姿を、おうちに人に見てもらいたいんじゃないの?!・・・
    みんなならできる!」それを聞いた子が、夜「今日は一生懸命やらなかったから先生に怒られちゃったの。
    私だけじゃないよ。みんな。最初は泣かなかったけど、みんなならできるって言われたら涙が出ちゃった・・・」
    とお母さんに話したそうです。先生に叱られても、信じて応援してもらえていることを
    ちゃんとわかっているのでしょう。次の日の練習の最後、先生の大きな〝手の花丸″と拍手に、
    ジャンプしてみんなが「イェ~イ!!」。みんなの心が一つになった瞬間です。
     その後も「あといくつ寝れば運動会?」「お当番さんは運動会で何を頑張りたいですか?って聞かれるんだけど、
    玉入れ!って答えるの。だって勝ちたいんだもん」「園長先生も運動会見に来てくれる?(はい、もちろん!)」
    子どもたちの言葉を聞くたびに、本当に嬉しく楽しみになります。
    一生懸命頑張ったからこそできた時の喜びは大きいし、勝っても負けても『満足』なのです。
    最近涙もろくて、練習でもちょいちょい泣きそうになります。
    子どもってすごいですよね。実際、まだまだ暑いですから、練習は疲れると思いますよ。 
    先生、怖い時もあるし…(笑)  でも先生たちの励ましと笑顔と抱きしめている姿を、私はちゃんと見ています。

    嬉しい楽しい、よい運動会になりますように。 応援よろしくお願い致します。

  • たくましく育てる                   園長  湯本 美奈子

     夏休みが終わり、いよいよ二学期が始まりました。
    お掃除大会も、お休み中にお手伝いいただき、有難うございました。
    気持ちのいい環境で過ごせることを心から感謝いたします。大人にとっても楽しいお休みでしたか?
    園が始まってほっとしていらっしゃる方のほうが多いかもしれません。
    街で久しぶりに会ったお母さんから、子どもたちが幼稚園を楽しみにしているという話を聞き、
    本当に嬉しく有難く思いました。二学期は長いですが、沢山の行事があります。
    有意義で楽しい経験を、たくさんさせてあげたいと願っています。
     休みが長かった分、リズムを取り戻すまで時間がかかる子もいます。
    ずいぶん昔になりますが、私の長女が入学して間もなく、突然学校に行きたくないと言い出しました。理由を聞いても訳が分からず、毎日泣きながら登校していました。
    私も新学期で忙しい時期でしたし、下の2人の弟妹も手のかかる年頃でしたから、
    言葉にできない不安や馴染めない様々な環境が、登校を渋らせたのだと思います。
    「早く」という言葉が口癖になっていました。私の責任です。
    それで朝、普段より早起きして自分のことを全て済ませ 、3人とゆっくり朝食をとった後、
    花いちもんめをしたり、ジャンケン遊びをしたり、鬼ごっこをしたりしながら通学路を歩きました。行ってらっしゃいと抱きしめて角を曲がるまで見守って、その後猛ダッシュで幼稚園へ。
    そんなことを続けるうちに、ある時「お母さん、明日からは自分で学校に行けるから大丈夫。」
    と言って来てくれました。本当に嬉しかったです。
    子どもは自分の気持ちに共感してくれたり、受け容れてもらっているという安心感を得れば、
    自分から乗り越える力を持っています。
     3番目の長男はかなりの問題児で、担任だった香代先生からは、毎日のように連絡帳で
    問題エピソードが返ってきました。その度に話して聞かせましたが、とうとう堪忍袋の緒が切れて、
    息子を帰りの車に乗せ、山奥のお墓に捨てに行きました。
    好き勝手に、一人で山奥で暮らせばいいと。今なら幼児虐待になり兼ねませんが、
    自分で我慢したり、けじめをつけたり協調することがどれだけ大切なことかを、
    体を張ってでも教えたかったのです。
    涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら本気で向かってきた息子が、本当に愛おしかったです。
    このお盆に帰ってきた息子(教師をしています〈笑〉)と、それも
    『資質と能力について!?』のお題をもらい、夜中までいろいろな話をしました。
    あの問題児だった息子から、一人ひとりを大切に、個性を尊重する教育論を聞くようになったなんて、感無量でした。
     二学期は沢山の行事があり、その過程で様々なことを学び、乗り越え、成長する大切な時期です。
    けれども一人ひとりの体力も感受性も、乗り越えられるハードルの高さも違います。
    〝今″この子に最も必要なものは何かを考えて与えること。時には受容とやさしさであることも、
    厳しさと試練であることも両方大切です。対応の仕方は様々で正解はありませんが、
    そこに『愛』がある限り、子どもには、親の思いが必ず通じることを信じてください。
    子どもたちの言動には意味があります。共感し応援しながら見守る中で、
    日頃から低いハードルをちょこちょこ超える経験は子どもの生きる力と自信につながります。
    どうか子どもの力を信じて、とびきりの笑顔で送り出してあげてください。
    そしてハードルを自分の力で飛び越える事ができた喜びを感じられるような
    二学期にしていきましょう。

  • Penguins
    『Re・creation』               園長  湯本 美奈子

     暖かい日差しが心地よかった季節もつかの間、肌に厳しい初夏の日差しになってきました。 6月20日にはプール開きとなり、小高神父様が聖水の話や祝福の意味をお話し下さったあと、水遊びの安全を願って丁寧に祝福と祈りを捧げてくださいました。 登園すると、「今日はプールに入れる?」とお天気を心配しながら、楽しみにしている子どもたちです。
    先日の『家族の日』には、お休みのところ大勢の保護者の皆様にご参加いただき、有難うございました。講演の後のファミリーコンサートも、園庭でのリズムやゲームも皆さんの笑顔あふれる表情に触れ、見ている私達まで元気になりました。親子の関わりの大切さ、家族の在り方を考えさせられた、たった数時間のレクリエーションでしたが、親子関係を再確認し、リフレッシュ、リラックスできた一日だったことでしょう。
    さて、普段レクリエーションと聞くと余暇やレジャーを想像しますが、Re(再び)・creation(創造)ということばからきていて、もう一度『神が全てを創造された』時の思いに立ち返り、人間の原点に戻ることなのだと、以前神父様が勉強会で話して下さったことを思い出しました。『忙しさやストレスや疲れによって、人はわがままになり、発想が貧弱になり、生かされている喜びや創造(全ての被造物)への感謝を忘れてしまいがちです。だからDAY・OFF(休日)にして、スイッチを切って充電すること、“レ・クリエィション”することにより、感謝のうちに更により善く生き、よりよく働くことができるようになるのだ』と。
     4月から数ヶ月経ち、大人も子どもも結構疲れが溜まってきた頃です。まして日に日に暑くなってくると、イライラすることもあるでしょう。ちょっとした事でカッとなったりもします。夏休みは、『Re・creation』してリセットし直す、良い機会かも知れません。
    私も子どもの頃は、ハッとしたり、ドキドキしたり、ワクワクすることがいっぱいありました。空の色、雲の形、セミの声、夕立の香り、花々の色、星の輝き・・・・。何といっても夏になると近所のお店に『アイスクリーム(・・・・・・・)』の旗が立ち、棒キャンデーが売られるのです。(昭和か!)小銭を握ってわくわくしながら、友だちと並んだものです。今は何でもいつでも手に入り、お蔭で色々なことに鈍感になってしまっている気がします。
    今年の夏は遠くに行かなくても、わくわくするような体験を親子でしてみましょう。同じ空気を吸って、ハッとしたり、ドキドキするだけで、子どもにとったら最高のワクワクと感動の体験になるでしょう。Re・creationした夏休み明け、それぞれの楽しい思い出話を楽しみにしています。 事故や怪我のないようお元気でお過ごし下さい。

  • Hydrangeas
    イエス様のみ心                園長  湯本 美奈子

    すがすがしく気持ちの良い気候から、急に暑くなったり
    じめじめとした梅雨の季節へと向かってゆきます。
    入園から2ヶ月、疲れも出てきて調子が出なかったり、登園を渋りがちな時期ですが、
    休息を充分にとりながら様子を見ていってください。
     さて、5月は『聖母月』として私たちのお母さんであるマリア様を敬愛し、
    共に神様に祈っていただく月としてご紹介しましたが、
    6月は『聖心(みこころ)の月』として、神様がどれほど私たちを愛してくださっているかを
    再確認し、御旨(みむね)に倣う月として奨励しています。
     下にマタイ福音書の『人のあやまちをゆるせ』の箇所を載せました。
    1デナリというのは当時の1日分の賃金で、6,000デナリが1タラント。
    一日の賃金が6,000円だとすると、主人が免じてやった1万タラントというのは
    3,600億円!(実際一生かけても返せないほどの額ということですね。)
    しもべが許さなかった同僚の負債は100デナリですから、比べようもありません。
    感謝も思いやりもないしもべを、主人が怒って拷問係に引き渡したのは無理もないというか、
    当然というか同情の余地もありません。けれども、そう思っている私は、
    実際同情の余地もないしもべと同じだということを、つい忘れてしまいがちです。
    ヨハネ福音書には、姦通の現場で捕まった女の罪について書かれています。
    ファリサイ派の人々がイエスを試みて「モーセは律法で(姦通の罪を犯した)
    このような女は石を投げて殺せと命じています。あなたはどう考えますか?」
    と聞きます。するとイエス様は「あなた方のうち、罪のない者が、
    まずこの女に石を投げなさい。」と言われます。
    これを聞いた年長者から一人去り二人去り、遂には誰もいなくなります。
    そしてイエス様は「私もあなたを罪に定めない。これからはもう罪を犯してはならない。」
    と言われるのです。
    私は姦通の罪も犯さず、借金の取り立てもしていませんが、罪がないわけではありません。
    嘘もつくし、ねたんだり腹を立てたり怠けたり…内緒で自分だけ美味しいものも食べるし、
    大きい方や良いものを先に取ったり・・・まぁ、小さい人間なんですよ。(泣)
    裁判沙汰になるような罪は犯さなくても、罪の意識もない私の、
    ちょっとした言動で傷ついた人もいると思います。
    傷つき方も感じ方も人それぞれですから、傷ついた人にとって私の罪は大罪です。
    けれども自分の罪を認め、罰を受ける事を覚悟し、心砕かれた者を7の70倍までも
    (何度でも)赦される方がイエス様です。
    子ども達といっしょに祈る裏ページ『主の祈り』の
    「私たちの罪をおゆるしください。私たちも人をゆるします」
    の箇所をかみしめながら、気付かないうちに罪を犯している自分を反省し、
    謙遜さと思い遣りを忘れないで過ごしたいものです。

    人の過ちを許せ  マタイによる福音18章21節まで
    その時、ペトロはイエスに近寄って、「主よ、兄弟が私に対して罪を犯したならば、何回までゆるしたらよいのでしょうか。7回までですか?」と尋ねた。イエスは答えられた。「私はあなたに言う。7回どころか7の70倍までもと。それで、天の国は次のようにたとえられる。一人の王がしもべたちと貸借の決済をつけようとした。決算が始まると、1万タラントの負債がある者が王の前に連れ出された。しかし、返すことができなかったので、主人は、その人自身と、その妻、子、および持ち物全部を売って負債を返すように命じた。このしもべはひれ伏して、『どうぞ、もうしばらくお待ちください。きっと全部お返しします』と哀願した。そこで、主人は哀れに思って、彼をゆるし、借金を免じてやった。ところがこのしもべは外に出ると、自分に百デナリの負債のある一人の同僚に出会った。彼はその同僚ののど元を締め付け、『借金を返せ』と言った。この同僚はひれ伏して、『もうしばらく待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし彼は承知せず、かえってその同僚を引っ張っていき、負債を返すまでといって牢屋に入れた。この一部始終を見ていた同僚たちはひどく心を痛め、主人の前に出てすべてを告げた。そこで、主人は彼を呼びつけ、『ふとどきなしもべだ。私はおまえが頼んだとき、負債を免じてやった。私がお前をあわれんだように、おまえもあの仲間をあわれむべきではなかったか』と言い、怒って、彼が負債を全部返すまでといって、拷問係に引き渡した。私の天の父も、もしあなたたち一人ひとりが、自分の兄弟を心からゆるさないならば、あなたたちに同じようにするであろう」。

  • 菜の花と鯉のぼり 
    マリア様のこころ             
    園長  湯本 美奈子

     入園式から1ヶ月が経とうとしています。
    今年からすぐに平常保育となりましたので、かえって進級児はゆったりと
    いつものリズムで過ごすことができ、お花見散歩や園庭での自由遊びを満喫することができました。
    家庭訪問や懇談会もお忙しい中、時間を割いていただきましてありがとうございました。

     さて、カトリック教会では5月を『聖母月』として、イエス様の母であるマリア様に倣い
    尊敬と思慕の念とともに、神様に取次ぎを願いながら祈ります。
    5月はちょうど『母の日』もあり、いくつになってもお母さんは大好きで懐かしく、
    心から感謝したい気持ちになりますね。
     マリア様はイエス様のお母さんであって、もちろん神ではありませんが、
    イエス様が初めて奇跡を行ったのはお母さんに頼まれたからでした。
    一番下に、ヨハネ福音書の2章~〝カナでの婚礼″の箇所を載せました。
    その頃の結婚式というのは、大家族制度の中で何日も祝宴が続いたそうです。
    ですからそこでの飲食の量も半端ではなかったはず。
    きっと沢山用意して、もてなしたのでしょう。
    ところがメインのブドウ酒がなくなりかけます。これは大失態です。
    最近では『飲み放題プラン』の結婚式が多いので心配ありませんが(笑)
    当時大人数のブドウ酒を急に集めるなどというのは、至難の業だったに違いありません。
    当然文句が出るであろうし、それこそ末代まで語り継がれるかもしれません。
    マリア様は招かれていた側ではありましたが、様々なことを思い巡らし、
    イエス様に頼むしかないと思われたのだと思います。けれどイエス様は、簡単に断りました。
    にもかかわらずマリア様は、給仕たちに「この人の言う通りにして下さい。」と言いました。
    息子イエスに対する絶対的な信頼です。
    そしてその信頼に、息子イエスが応えます。
    かめに口元まで入れられた水は600ℓ以上、厳密に考えればコップ一杯ずつ飲んでも
    3,000人以上が飲めるほどです。とにかく山ほどの量の上等なブドウ酒に変わりました。
    その上、マリア様もイエス様も「私がやりました!」なんて一言も言いませんし、
    それを見たほんの数人しか水がブドウ酒に変わった奇跡を知りません。
    他の人は信じないでしょう。
    マリア様の願いはわがままではなく、愛そのものによるものでした。
    そして母の願いを聞き入れて下さったこれが、イエス様の行った最初の奇跡です。
    ですから私たちは『アベマリアの祈り』を唱える時、お母さんであるマリア様にも、
    私と一緒に祈って下さい、神様にお願して下さいと思いながら、加護を願うのです。

     さぁ、私たちの親子関係はどうでしょうか?
    幼いほど、子どもは母に絶大な信頼を寄せるものです。
    日々の関わりは、信頼関係を築くに相応しいものでしょうか?
    この子ならきっとこうするに違いないと、我が子を信じて待つことができる親は幸せです。
    自分を心から愛してくれているのはお母さんだと確信できる大人に成長できる子どもは幸せです。
    信頼関係は一朝一夕に築けるものではありません。
    こんな私を母にして下さったことに感謝しながら、
    良い母親に育てて下さいと祈りながら過ごしましょう。

    カナでの婚礼              ヨハネによる福音書2章1節から
    三日目にガリラヤのカナで婚礼があり、イエスの母がそこにいた。イエスも弟子たちもその婚礼に招かれていた。ブドウ酒がなくなりかけたので、母はイエスに「ブドウ酒がありません」と言った。すると、イエスは母に、「婦人よ、このことについて私とあなたとは、考えが違います。私の時はまだ来ていません」とお答えになった。母は給仕たちに、「なんでもこの人の言うとおりにしてください」と言った。さて、そこにはユダヤ人の清めに用いる石の水がめが、六つおいてあった。いずれも80ℓないし120ℓ入りのものである。イエスは給仕たちに「かめに、水をいっぱい入れなさい」と仰せになった。彼らは、水がめをふちまでいっぱいにした。イエスが、「さあ、それを汲んで、世話役のところに持っていきなさい」と言われたので、彼らはそれを持って行った。世話役は、ブドウ酒になったその水を味わってみた。水を汲んだ給仕たちは、事の成り行きを知っていたが、世話役は、それがどこから来たかを知らなかったので、花婿を呼んで言った。「誰でも初めに良いブドウ酒を出して、酔いのまわったころに、質の落ちるものを出すものですが、あなたは良いブドウ酒を今までとっておかれました」。このことを、イエスはしるしの初めとして、ガリラヤのカナで行い、ご自分の栄光を現された。それで、弟子たちはイエスを信じた。

  • 愛される子に                園長  湯本 美奈子

    さくらそう さくら2
    ご入園、ご進級おめでとうございます。
    保護者の皆様が今日まで大切に育ててこられたお子さんの、
    幼稚園という社会生活が始まります。
    園生活への期待と不安はいかばかりかとお察し致します。
    どんな小さなことでも『初めて』というのは不安が付きものです。
    けれど全てのことに意味があり、その体験は将来何にも代えがたい貴重な宝となります。
    そして幼いほど、その『初めて』を活かすも殺すも私たち大人にかかっています。
    子どもたちの、純粋でキラキラ光る瞳が、もっともっと美しい輝きを放てるよう、
    保護者の皆様と協力しながら、ご一緒に育てて参りましょう。
     明日から、新入園児さんの“泣き声”が園庭に響くでしょう。
    新学期が始まった!と実感するひと時です。先生も、進級した子どもたちも口々に
    「大丈夫だよ!」「大丈夫、だいじょうぶ!」と、声をかけ、体に触れて寄り添います。
    “大丈夫”という言葉は不思議です。そう言われるだけで、なんだか安心し、
    受け入れられたような気がします。そしてよく見てみると、大丈夫という字には
    『人』という字が全部に入っています。たくさんの人に見守られて、一人ではない
    という気持ちになります。大丈夫…のことばの先には「君ならできるよ!」
    「私がついているよ!」「がんばって!」と続くような気がします。
    そう考えると、元気や勇気をもらえることばですよね。
     マリア幼稚園の教育方針は隣のページにありますように『あ・り・が・と・う』
    を通して感謝の心を育て、互いに愛し合う子どもを育てることです。
    人を愛するにはまず、十分に愛されなくてはなりません。
    親が我が子を愛しているのは当然と思われているでしょうが、
    そのことがちゃんと子どもに伝わっていないことが、往々にしてあります。
    ITや様々な普及により生活環境が変化し、楽で豊かな暮らしが送れるにも関わらず、
    大人も子どもも忙しくなりました。仕事のせいだけではありません。
    例えばスマホやパソコンに向かっているとあっという間に時間が過ぎてしまいますが、
    子どもと関わる時間はあっという間でしょうか?子どもと遊んでいるつもりでも、
    自分は他の事をしながら…の〝ながら遊び″になっていることありませんか?
    子どもの遊びを見守ったり、なりきって遊んだり、子どもの目を見て頷いたり…
    そんな当たり前の時間は今、意識しないと取れなくなってきています。
    5ヶ月になる孫も、一人寝かされて放っておかれると大きな声で呼び、
    そばに行って目を見て笑いかければ、笑い返して体中で嬉しさを表現します。
    子どもが求めている愛に応えるには、手間暇がかかり、ある時は面倒くさく、
    ある時はイライラすることもあります。けれどもその子がその子らしく、
    安心して自分を表現したり、人を信じたり、試練を乗り越えることが
    できる子に育てるには、大変で面倒なことと懸命に関わり、愛に満ちた眼差しと
    言葉をかけることが一番必要です。
    これでもかという位、抱きしめながら意識して関わってください。
    私たちも不安が安心に変わるよう、心して子どもたちと関わります。 
    一年間どうぞ宜しくお願い致します。

  • DSCN3556      
      『神様にありがとう・・・』              園長  湯本 美奈子

     もうひと月も経ってしまいましたが、クリスマス会も無事終えることができました。
    当日は、一人ひとりがその子らしく自分の責任を果たし、頑張る姿は見ている人に
    大きな感動を与えてくれました。 支えていただいた保護者様にも心から御礼申し上げます。
    その後、年末年始は天候も穏やかで安心していましたが、半ばには急な大雪で市内はマヒ状態。
    見えているのに行き着かないという日が続き、当たり前に車が行き来できるということは
    本当に有難いことなんだと痛感しました。自由登園やバスの遅れ等ご理解ご協力ありがとうございました。                

    聖書のルカによる福音書17章11節に『感謝するサマリア人』というみことばがあります。
    イエス様が、10人のらい病患者を癒してくださったのに、お礼にやってきたのは異邦人である
    サマリア人ただ一人だったという話ですが、自分を振り返り耳の痛いことです。
    お願いする時は一生懸命祈り、叶えて下されば何でもやります!くらいの勢いなのに、
    感謝の祈りの軽いこと・・・(悲)。その上結構自分本位に都合よく解釈したり、
    言い訳したり、後回しにしたり。 のど元過ぎれば熱さを忘れる・・・とはこのことです。 

    先日娘が、「毎晩家族で寝る前に、一人ずつよかった探しをしているんだよ。」と言いました。
    お互いの良いところを発表し合って嬉しい気持ちで休むのだとか。
    孫はまだまだ自分の良いところや頑張ったところの発表が多いみたいですが(笑)
    待降節が終わっても続けていることが、私はとても嬉しかったし、
    これこそ神様への感謝なのだと思いました。年長さんもこの間「先生、私○○さんのよかった探しを
    発表したいんだけどいいですか?」と言ってきたそうです。
    感謝するということは、ありがとうを言うことだけではなくて、神様が喜ばれることをすること、
    続けることなのだと思います。 
    始業式の日、子ども達と一つずつ大きくなったこの一年、マリア幼稚園で大切にしていることを
    頑張りましょうと話し、『あ・り・が・と・う』が何かわかるか聞きましたら、皆答えてくれました。
    『ありがとう』の冊子にも毎月ずっと書かれていることですが、そんな生活をすることこそ、
    神様への感謝なのだと思います。 で、今年は特に子どもにではなく自分へ!
     
     あ…どんな人にも(特に苦手な人に)気持ちのいい[あいさつ]をします。
     り…自分さえ良ければ・・・ではなく[りんじん]の為にあえて損をします。
     が…子どもや回りにばかり[がまん]させず、意識して辛抱します。
     と…[ともだち]やいろいろな人の意見や思いを謙虚に聞き、協調します。
     う…[うそ]やごまかし、自分に好都合な判断で正当化しないようにします。

    もっともですがこれってけっこう難しいですよ。そして三日坊主にならいないように
    時々見返して頑張ります。あと少しで今年度も終わってしまいますが、
    私たちに託された子ども達と共に生活できることに感謝し、祈りのうちに成長できる年にしていきましょう。

  • dscn5417
    『マルタとマリア』                   園長 湯本 美奈子
    日の暮れるのも早くなり、朝晩の冷え込みも一層強まってきました。
    気が付けば今年もあと少しで終わり。
    そしていよいよクリスマスの季節がやってきました。
     毎年待降節に入ると、子どもたちはイエス様にふさわしいプレゼントをと、
    心と体で一生懸命考えて準備していきます。
    心のプレゼントは、大人が率先して手本を示さなくてはいけないのに
    「偉いね」とか「よく頑張っているね」とか「イエス様も喜んでいらっしゃるよ」
    と、他人事のような言葉をかけていることに気づくことがあります。
    自分はというと、年末が近づくにつれ『忙しい』『間に合わない』『疲れた』
    『ストレスが溜まる』・・・そのうちに『私はこんなにしてやってるのに!』
    と不満が募り、苛立ちを隠せず、情けない自分にガッカリします。
    『ルカによる福音書第10章38節』に〝マルタとマリア″という福音があります。
    読んでみると、自分はどちら側の人間か大体見当がつきます。
    私は完全に〝マルタ″です。
    じっとしていることができないし、考えるより先に体が動いてしまうし、
    良かれと思ってこんなに気を働かせているのに、どうしてあの人(夫?)は
    何もしないんだろう!とイライラすることがよくあります。
    「あ~、またマルタだ」と。でも神様は、マリアのしていることを『善し』
    としてマルタを『否定』しているのではありません。
    本文だけを読めば、マリアの方が〝得だ″マルタは一生懸命やっているのにひどい!
    と思ってしまいます。
    けれども神様は「マルタ、マルタ」と2度名前を呼んで下さっています。
    それほどにマルタに愛情を込めてお話しされました。
    そして「あなたは多くのことに心を配り、思い煩っているが」と言われる、
    まさにそこが大切なところなのです。
    私たちが聖書を読むとき、つい比べてしまったり、自分の価値観で
    判断してしまいがちですが、どちらも自分に当てはまることがあることを
    自覚しなくてはいけません。
    イエス様をもてなすためにマルタのしていることは大切なことです。
    けれどもマリアも心でイエス様をもてなしています。
    それぞれの立場で働いているのですが、マルタは「マリアだけズルい。私ばっかり・・・」
    のような、凡人の私にもよ~く分かる気持ちで悶々としていたのでしょう。
    その時、「私には私にしかできないことがある。それを心を込めて喜んでしよう。」
    というマルタの思いと、マリアにも「お姉さん、ありがとう」の一言があったら、
    マルタは思い煩い、イライラすることはなかったのだと思います。
    認めてもらったり、受け入れたもらったり、感謝されたりすることで、
    いくら体が忙しくても人は充実するものです。
    そしてそのことで自分に自信が持てたり、頑張ろうと意欲が湧いて来たり、
    乗り越える勇気が持てたりするのでしょう。
    大人でも子どもでも同じです。
    自分にできること心を込めてする。
    相手の気持ちに寄り添いながら感謝の気持ちで接する。
    そのことを意識すれば、クリスマスも年末年始も、豊かな気持ちで
    過ごすことができるでしょう。 
    まずは子どもたちにお手本が示せるよう頑張りましょう。

Copyright (C) 中野マリア幼稚園 All righits reserved